2月の乾燥と水不足。暮らしを慈しむ「一滴」の使い方

60代からの暮らし

2月の乾燥と水不足。暮らしを慈しむ「一滴」の使い方

暦の上では春を迎えましたが、肌をさす風はまだ冷たく、空気がピンと張り詰めた日が続いています。 西日本では水不足が深刻になり、ついに止水宣言が出されましたね。空を見上げても雨雲は遠く、乾いた地面を見ると、蛇口から当たり前に出てくる「水」のありがたさが身に染みる毎日です。

不便ではありますが、こんな時こそ「足りない」と嘆くより、限られた一滴をどう慈しむか。 今日は、私が最近心がけている、無理のない「大人の節水暮らし」を綴ってみようと思います。

1. キッチンでの「先回り」とワンパン料理の醍醐味

お料理の時間は、一日の中で最もお水と密に接する場面です。だからこそ、ここでいかに工夫を凝らすか。それは私にとって、複雑なパズルを解き明かしていくような、知的で意外なほど楽しいひとときでもあります。

最近の私の台所で定番となっているのが、フライパン一つで全てを完結させる「ワンパン調理」です。例えば、お気に入りのパスタを茹でる時。これまでは大きな鍋にたっぷりの湯を沸かし、茹で上がればその大半を排水口に流していました。しかし、ソースと一緒に少なめの水分でじっくり茹で上げる手法なら、お湯を捨てる際のあの「もったいない」という微かな罪悪感から解放されます。パスタがソースの旨味をぎゅっと吸い込み、仕上がりの味わいもむしろ濃厚になるという嬉しいおまけ付きです。

また、後片付けにも「先回り」の知恵を。食器を洗剤で洗う前に、使い古した布きれ(ウエス)で汚れをさっと拭き取る。これは我が家の鉄則です。たったこれだけの手間で、使う洗剤の量も、すすぎに必要なお水の量も、驚くほど少なくて済みます。排水口を汚さないという選択は、巡り巡って海や川を守ることにも繋がっている。そんな風に考えると、汚れを拭い去る手元にも、自然と丁寧な力がこもるような気がするのです。

2. 「最初の一押し」に宿る小さな豊かさ

冬の朝や冷え込む夜、お風呂でシャワーを浴びようとして、蛇口をひねる。その瞬間、お湯に変わるまでの数秒間、あるいは数十秒間に流れ出る「最初の冷たい数リットル」があります。

これまでは、温かくなるのを待つ間、そのお水をただ無意識に流し去ってしまっていました。けれど今は、足元にバケツを置き、その澄んだ一滴一滴を大切に受け止めています。溜まったお水は、翌朝の拭き掃除に使ったり、お手洗いの流し水として活用したり。

「あぁ、これで明日のお掃除分がしっかりまかなえたわ」 そう心の中で呟くとき、なんだか家事の貯金ができたような、ちょっとした得をした気分になります。ただ流せば「無」だったものが、バケツ一杯の「資源」に変わる。その清々しい満足感は、何物にも代えがたい日常のスパイスです。不便さを嘆くのではなく、その隙間に自分なりの価値を見出すこと。それこそが、暮らしを慈しむということなのかもしれません。

3. 静かな所作としての節水、心の余白

洗面所での習慣も、ほんの少しだけ視点を変えてみました。 かつては流しっぱなしにしていた歯磨きや手洗いの時間。今はしっかりと蛇口を閉め、「コップ一杯」の重みを再確認しています。

勢いよく流れる水の音が消えたとき、そこにはふっと「静寂」が訪れます。 外の風の音、遠くを走る車の音、あるいは自分の呼吸の音。お水を大切に使うために動きを止めることで、慌ただしく過ぎ去る日常の中に、小さな「余白」が生まれるのです。

丁寧に、大切に。その一つひとつの所作は、単なる節約術を超えて、自分自身の内面を整えてくれる儀式のように感じられます。水という恵みを一滴も無駄にしないという意識が、不思議と自分自身の生活全体を、凛とした空気感で包み込んでくれるのです。

 

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4. 乾いた土に寄り添う「お裾分け」の精神

ベランダや庭に目を向ければ、この乾燥した季節にじっと耐えている植物たちがいます。 雨の少ない時期、彼らの喉を潤すのは、朝のキッチンから生まれる「お裾分け」です。お米を研いだ際に出る、あの白く濁ったとぎ汁。実はこれ、植物たちにとってはミネラルたっぷりの最高のご馳走なのです。

「雨がなかなか降らなくてごめんね。これで少し我慢してね」 そんな風に心の中で語りかけながら、根元にゆっくりと注ぎます。栄養をたっぷりと含んだお水が、カサカサに乾いた土にじわじわと染み込んでいく様子を眺めていると、命の繋がりを肌で感じることができます。

次に降る雨の匂いを、植物たちと一緒に首を長くして待つ時間。それもまた、季節の移ろいを感じる豊かなひとときです。自然を思いやる気持ちは、結局のところ、私たち自身の心を潤してくれるものなのですね。

5. 恵みの雨を願って、しなやかに暮らす

「水は方円の器に従う」という言葉があります。 水は器の形に合わせて自らを自由に変えますが、その本質は決して変わりません。私たち人間もまた、水不足や乾燥といった厳しい状況に合わせて、知恵を絞り、しなやかに形を変えながら暮らしていきたいものです。

不便さを「我慢」と捉えるか、「工夫のチャンス」と捉えるか。その少しの心の持ちようで、毎日の景色はガラリと変わります。 知恵を出し合い、限られた潤いを分かち合いながら、この季節を乗り切っていきましょう。

いつか、カサカサに乾いた土を優しく潤す、慈雨の降る日を夢見て。その日が来た時、私たちはきっと、今まで以上に水の尊さを愛おしく感じられるようになっているはずです。

「蛇口をひねれば水が出る」という日常が、いかに尊い贈り物だったか。 2月の澄んだ空気の中で、一滴の水を大切に扱う時間は、私にとって自分自身を整える儀式のようでもあります。

雨音を待ち遠しく思う心も、また一つの豊かな季節の過ごし方。 次に降る雨が、乾いた街と私たちの心を優しく潤してくれる日を、静かに待ちたいと思います。

 

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