時代の波と、部屋に取り残された「当たり前」
AIの進化が止まらず、一人一台スマートフォンを持つことがもはや「呼吸」と同じくらい当たり前になった現代。私たちの生活は、かつて思い描いた未来図の中にあります。指先一つで世界中の情報を手に入れ、会いたい人の顔を見て話し、買い物も娯楽もすべてが手のひらの中に収まる時代。
そんな便利な時代に生きている一方で、ふと自宅の部屋を見渡してみたとき、私は妙な違和感を覚えました。デジタル技術は凄まじいスピードでアップデートされているのに、私の部屋には「昭和・平成から続く当たり前」が、まるで時間が止まったかのようにそこに居座っていたからです。
「これって、今の私に本当に必要なものだろうか?」 そんな疑問が湧いてきたのをきっかけに、私は自分の中に根付いていた固定観念を一度捨て去り、身の回りにあるもの一つひとつと対話してみることにしたのです。
お気に入りだった「固定電話」というステータス
今回、私が最も大きな決意を持って手放したのが「固定電話」です。
実はこの電話、ただの電話機ではありませんでした。以前、NTTの職員さんから譲り受けたとても珍しい番号――いわゆる「若い番号」で、桁数が少なく覚えやすい、ちょっと自慢したくなるような番号だったのです。当時の私にとっては、その番号を持っていること自体が一種のステータスであり、愛着も人一倍ありました。
しかし、冷静にここ最近の利用状況を振り返ってみると、かかってくる電話のほとんどは自動音声のアンケートや、不要な勧誘、見に覚えのない迷惑電話ばかり。大切な家族や友人はみんなスマホの連絡先に入っています。 この電話が役に立つ瞬間といえば、家の中でスマホをどこに置いたか忘れてしまい、自分の番号に発信して着信音を鳴らすときくらい。

「お気に入りだから」「いつか使うかもしれないから」「災害時に強いと聞いたから」。 そんな理由を並べては維持してきましたが、年間にかかる基本料金や、不意に鳴り響く勧誘電話に集中力を削がれるコストを考えると、それは「今の私」にとってプラスではなく、むしろ小さなストレスの積み重ねになっていることに気づきました。
スポンサーリンク
一週間の「電源オフ」実験で見えたこと
いきなり解約して処分するのは、やはり勇気がいるものです。そこで私は、一つの実験をしてみることにしました。「一週間、電話線のプラグを抜いて放置してみる」という方法です。
最初の1、2日は、ふとした瞬間に電話機の方を見てしまい、「大事な電話が鳴っているのではないか」という予期不安が頭をよぎりました。長年染み付いた習慣とは恐ろしいものです。しかし、3日を過ぎたあたりから、部屋に静寂が訪れていることに心地よさを感じるようになりました。
ドラマを観ている最中や、ブログの執筆に集中しているとき、あの突然のベルの音に邪魔されることがない。 一週間が経ったとき、困ったことは何一つ起きませんでした。スマホをなくしたときも、焦らずに自分の足で探せば済む話です。この実験のおかげで、「なくても大丈夫」という確信が、名残惜しさを上回る「決意」へと変わりました。
連鎖する「手放し」:デスクトップPCとレコーダー
固定電話を手放すと決めると、不思議と他の「当たり前」の違和感も次々と浮き彫りになってきました。
次に目をつけたのは、デスクの隅で埃を被っていた大きなデスクトップパソコンです。以前は「ブログを書くなら画面は大きい方がいい」と思い込んでいましたが、今はスマホやタブレットの性能が上がり、音声入力やAIのサポートもあって、どこでも執筆ができるようになりました。重厚な本体が占拠していたスペースが空いた瞬間、部屋の景色がぐっと広がりました。
さらに、テレビ台の下に重なり合っていた2台のレコーダー。 「いつか見るかもしれない」と録り溜めた番組は、結局一度も再生されることなく、配信サービスでいつでも見られる時代になりました。録画予約に追われる日々も、もうおしまいです。
そして、それらに付随していた大量のコンセントやケーブル類。 壁際に絡まり合い、埃を呼び寄せていた「配線地獄」を一つひとつ解いていく作業は、まるで自分の脳内を整理しているような感覚でした。これらを手放したことで、掃除機をかける際の手間が劇的に減り、家事の時短にも繋がったのは嬉しい誤算でした。

驚くほどスッキリした部屋と、新しい「余白」
すべての作業を終えた後、私は部屋の真ん中に立って深呼吸をしました。 視界を遮る物理的なノイズが消え、壁が見える面積が増えただけで、これほどまでに心が軽くなるとは思いませんでした。
「当たり前」を手放すということは、決して過去を否定することではありません。それは、「今の自分」を定義し直す作業なのだと思います。
固定電話があった場所、古いPCが置かれていた場所、絡まっていた配線の跡。そこには今、新しい「余白」が生まれています。 この余白に、これからは本当に大切にしたいものを置いていきたい。例えば、庭で育てた季節の花を飾る花瓶や、心からリラックスできる読書の椅子。あるいは、何もない贅沢な空間そのもの。
本当に必要なものは、時代と共に変わります。 執着していた過去の自分に「ありがとう」を告げて、今の自分が一番住みやすく、一番自分らしくいられる環境を、これからも丁寧に作っていきたい。
皆さんの周りにも、実はもう役目を終えている「当たり前」が隠れていませんか? もし迷ったら、一度電源を抜いてみてください。その先に、きっと驚くほど軽やかな毎日が待っています。
スポンサーリンク
